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Danny Macaskill: The Ridge

すげええええええ
君たちの時間は限られている。だから自分以外の他の誰かの人生を生きて無駄にする暇なんかない。ドグマという罠に、絡め取られてはいけない。それは他の人たちの考え方が生んだ結果とともに生きていくということだからね。その他大勢の意見の雑音に自分の内なる声、心、直感を掻き消されないことです。自分の内なる声、心、直感というのは、どうしたわけか君が本当になりたいことが何か、もうとっくの昔に知っているんだ。だからそれ以外のことは全て、二の次でいい。
92年ポンド危機や97年アジア通貨危機をおこしたハゲタカ ・ ファンドの、2004年日本襲来を知らないな。
ガッキーは、 その時に日銀砲を連射しハゲを退治した恩人なんだぜ ( 詳しくは 「 谷垣 日銀砲 」 でググれ )。

仕手戦当初、ハゲは 「 大人しくて優柔不断な谷垣 」 と甘く見ていた。
だが実はガッキーはポーカーフェイスで淡々と、ハゲの弾に付く莫大な利息と利息支払日が勝負と読んでいた。

当時の日銀法では為替介入の上限は40兆円。 そろそろ介入が終わり降伏するだろうとタカを括ったハゲは、
ガッキーの読み通り、高金利で調達した金まで日本市場に投げ込み始めた。
ここで突然、、ガッキ―は135兆円への引き上げ宣言を大々的に行い「 日本を絶対に守る! 」 と宣戦布告!
( 毎日1兆円、つまり1分毎に10億円介入し、それを連続35日続けた後、さらに100兆円を追加準備 )

ポーカーに例えれば、さあこれからが正念場!という勝負時にガッキ―は掛け金を一気につり上げた。
 ★ 「 スぺードのエースはここぞという時に使って初めて効果がある。 行使する時は2度と刃向かわぬよう息の根を止めてしまえ!」

大手ハゲはガッキ―の本気度に面くらってしまい、あっという間に撤退。
当時、大手から中小まで、2000社は来襲したという大量のハゲを瞬殺してしまった。
倒産ファンドの、焦げ付いた膨大な債務総額は
「 ガッキ―のいる日本には2度と手を出すな!」 と言うアンタッチャブルなトラウマを刷り込ませた。

ま、日本にはそれだけの外貨保有高があるし、200兆円の米国債もある。
ただ米国債を市場で売るのは問題なので、迅速に動いてアメの賛同をとりつけ難色を示したEUを説得、
渦中に行われたG7ではガッキ―が強く主張し声明に 「 過度の為替相場への懸念 」 明記させる一方、
比較的短期のものを最大100兆円売って新たな介入資金を作り、
買ったドルで新たに米国債を買い、国庫に返還するという手法をとった。

それ以降自民政権では、ハゲによる為替変動リスク対策に100兆円近くの特別予算を組み続けた。

日本四大兄貴

日本では2011年7月時点で兄貴の称号を贈られているアスリートが4人居り、「日本四大兄貴」と呼ばれている。


■伊達兄貴(クルム伊達公子/女子テニス)
1990年代の現役時代第一期では日本人初の世界ランキングTop10入りを果たすなど、女子テニス界のパイオニアとして活躍。これだけなら「クイーン」止まりであったが、伊達の真骨頂はいったん現役を引退し、12年間の沈黙を破って現役復帰した後である。
「若い選手へ刺激を与えるため」という理由で37歳にして現役復帰し、10~20代の若手選手に勝るとも劣らない活躍を披露。2009年に女子テニス協会(WTA)主催大会で歴代第2位の高齢優勝を飾り、2010年には世界4大大会でこちらも歴代2位の高齢白星を記録する。
さらに世界初の40代選手によるランキングTop10選手撃破も成し遂げ、2011年全英オープンではビーナス・ウィリアムズに敗れたものの1セット奪取するなど、世界の伊達健在を強くアピール。気づけば日本人選手トップランクの座を取り戻し、なかなか芽が出てこない日本女子若手選手達をプレーで叱咤激励し続けている。


■吉田兄貴(吉田沙保里/女子レスリング)
公式戦119連勝、全日本選手権9連覇、アジア大会3連覇、オリンピック3大会連続金メダル、世界選手権9大会連続金メダル(継続中)という、常軌を逸しているとしか思えない実績を積み上げているレスリング界の兄貴。背筋力はなんと200kgを誇る。四大兄貴の中ではカリスマ性で一歩劣るが、アスリート実績では突出している。鬼の形相で相手をマットに叩きつけるプレイスタイルは「漢」の称号を受けるには十分過ぎる程である。
2010年9月には「人類最強の妻になる」と婚活開始を宣言。「兄貴の狩りが始まった」と話題になる。


■上野兄貴(上野由岐子/ソフトボール)
2002年からソフトボールの日本代表投手として活躍している兄貴。金属バットをもへし折る120km以上のストレートを武器に2004年のアテネオリンピックではオリンピック史上初の完全試合を達成し、銅メダル獲得に貢献。ここまでなら「クイーン」止まりであるが、2008年の北京オリンピックでは2日間で3試合連投・413球を投げるという稲尾様も真っ青な過酷な戦いに挑み、見事3連勝を飾って金メダル獲得の原動力となった。その活躍は「神様、仏様、上野様」とまで称され、他チームの選手もあまりの感動に負けて喜ぶという場面まで演出。
さらに大会後にソフトボールが五輪競技落ちの危機に瀕するようになると様々な場面でソフトボールの競技としての存在を世界にアピールし、後輩達のプレー環境を守る活動を精力的に行う。残念ながら2012年のロンドンオリンピックでは競技から外されたものの、後進のために精力的に動いた実績は「後輩想いの兄貴の理想像」として高く評価されている。


■澤兄貴(澤穂希/女子サッカー)
15歳でA代表デビュー、代表の「背番号10」を10年以上継続、国際Aマッチ得点数は男女合わせて日本一、オリンピック4回出場、ワールドカップ5回出場というレジェンドクラスの実績を挙げているだけでなく、30歳を超えてなお「長友佑都の運動量、本田圭佑のフィジカル、遠藤保仁の視野の広さ、長谷部誠のキャプテンシー、香川真司の決定力を併せ持つ」とまで称される程のサッカーの実力を持ち続け、そして「苦しい時は私の背中を見なさい」と選手達に言って背中で選手を引っ張れるカリスマ性を持つ女子サッカー界の偉大すぎる兄貴。
男子と比べて御世辞にも恵まれているとは言えない女子サッカー界を長年支え続け、自身の集大成として臨んだ2011年女子ワールドカップではキャプテンとして日本サッカー界初のワールドカップ優勝に多大な貢献を果たす。さらに同大会では単独得点王、MVP獲得と「トリプルクラウン」という栄誉を達成し、見事同年の「抱かれたい漢No.1」の称号を獲得。さらには同シーズンのFIFAバロンドールをAFC所属選手としては男女通じて初めて獲得し、個人実績でも名実ともに世界の兄貴として君臨。四大兄貴の筆頭格と言っても差し支えないであろう。

halfdry:

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